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自転車にのれるようになると
一気に世界が広がります
町内で遊んでいたのが隣町へ
川を渡り、山へ
風と汗が心地よい
自転車にのっている絵ではなく
降りて歩いているところが
ぼくの気持ち…… |
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我が家には10年以上も乗らずに下屋に放置してあった女房のママチャリがあった(女房が車の免許を取り、自転車に乗らなくなったため)。その自転車は勿論パンクしていて、錆だらけだった。でも自転車屋で修理すれば自分の用足しに使える・・くらいの気持ちで、その自転車を苦労して車のトランクに積んで行ったら案に反して自転車屋に笑われた。「修理不能」の程度まで傷んでいるので捨てるしかないと言う。修理をすれば乗れないことはないとは思ったが、確かに傷みの程度もひどい。
自転車人生の最初の1年が過ぎた2005年秋、車で出掛けた先でも自転車に乗れたら・・などと思い、単なる思い付きの感じではあったが、同じ自転車屋でブリジストンの折りたたみ式自転車:トランジットライト(7段変速付き)を買った(4万円台後半)。乗ってみると最初はハンドルがとられる感じであったが、それにもすぐ慣れてすっかり気に入ってしまった。何と言っても自転車自体が軽いし(10.7kg)漕ぐペダルも超軽い。見た目も何ともおシャレで、時々注目して振り向く人もいるくらいだ。子供たちの熱い視線が結構楽しい。そして、車で出掛けた先で乗るつもりだったこの折りたたみ式自転車が毎日乗り廻すメインの自転車になるのにそう日数はかからなかった。
そのうちに家内も折りたたみ自転車が欲しいと言い出した。「そうか。二人で自転車で出掛けるのも悪くないか・・・」などと思って、今度は自転車屋ではなくインターネットで片っ端から種類や値段を調べた。そして分かった。変速機つきで本当に軽いのは意外と少ないこと、値段が10万円以上の高級品と2万円以下の2極に集中していること・・などなど。そんな中で、自分が今乗っているブリジストンのトランジットライトが7段変速にしては軽く、しかも値段もまあまあ手ごろで、そしてデザインもおシャレで、やはりこれしか無いなあということになり(家内も同意)、今度はインターネット通販で購入した(代引きで43,000円くらい)。乗ってみて家内も至極気に入った様子であった。でも家内とは毎日一緒に乗れる訳ではない。なにしろ家内はホテルの接客アルバイト、書道クラブ(段持ち?)、服飾クラブ、家事全般、疲れたときは昼寝・・と、兎に角多忙なのである。でも、たまに一緒に出掛けるのも気分的にすごく良い効果がある感じで、悪くないナと思っている。
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| 2台の折りたたみ式自転車は折りたたまなくても | |
| 玄関内の脇にスッポリと収まります。 |
昔、と言っても戦中と戦後間もなくの頃の事だが、当然カラオケなんか無かった。では一般民衆はカラオケ大盛況の今ほど歌わなかったのかというと、そんなことはなかった。いや、むしろ今よりも歌と生活が有機的に溶け合っていた。日常生活の中でアカペラで鼻歌的によく歌ったし、娯楽の殆ど無い当時においてはラジオや蓄音機で聴いた流行歌を口ずさむことは、仕事をしながらでも出来る極く身近な娯楽であり、歌は生活の一部だったのである。
20歳代後半の頃、楽器が好きだった私はギターを持っていた。簡単なクラシック曲を練習するかたわら演歌もよく弾いたし、爪弾きながら歌いもした。また当時、携帯(と言っても手提げカバン大)のステレオテープレコーダーが流行っており、それも持っていた。ある時思いつきで自分で演奏する演歌のギター伴奏をこのテープレコーダーに録音し、それを再生しながら歌ってみたら、結構具合が良かった。演奏を忘れて歌に集中できるからである。考えてみれば、これが今のカラオケの原型であるが、当時は凄いアイデアだなんて気が付かなかった。まだ巷にカラオケは出回っていなかったし、戦後から流行っていた歌声喫茶の終焉の時代でもあったように思う。その頃社内旅行で熱海に行ったとき、伴奏を録音したこのテープレコーダーを持参して宴会場での余興で、再生される伴奏に合わせて「湯の町エレジー」を歌ったら、3番が終わる頃には旅館(ホテル)の仲居さんたちのほぼ全員が珍しがって宴会場に聴きに集まってきて、拍手大喝采を浴びたという思い出もある。
昭和50年代になってカラオケが出回るようになり、スナックバーあたりで盛んに取り入れるようになった。その頃はまだカセットテープ式のみで、レーザーデイスクが出回ったのはずっと後のことである。女房に怒られながら、よく飲みに(歌いに)行ったっけ。そのうちにカラオケ専門店も現れ出した。以来30余年カラオケとつきあっているが、カラオケが普及してから後は歌に関する懐かしい思い出は乏しい。人々がテレビやCDで歌を聴き、カラオケで練習して歌を覚えるといった、より便利な手段が当たり前になり、歌の伝播の形態が無機質的なものに変化していったのも事実である。
合唱はカラオケと違って一人では出来ないジャンルである。実はこれが合唱の、とてつもなく大きな壁であると思う。小さな(小中学時代の)時からずっと合唱に憧れていながら、つい最近まで実現出来ずにいたのは、この大きな壁が原因だったと思う。それでは最初から実際の合唱に無縁だったかと言うとそうでもなく、子供の頃からハモリのメロディ(主旋律でない方)を覚えていた曲に「聖夜(Silent Night)」、「荒城の月」、「埴生の宿」の3曲がある。![]()
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合唱への憧れ